特定秘密保護法案に反対(朝日新聞2013年12月10日)

特定秘密保護法案に反対

森村誠一

 国民の過半数、全国的な反対の声に耳を貸さず、特秘保護法の強行採決に無力感に陥った人は多いだろう。前政権に失望した国民は、現政権に一票を投じたことを後悔しているとおもう。

現政権を見ていると、民主主義はあり得ないというおもいを強くする。国民から選ばれた政権が任期中、国民の意思を無視して発動できる強権は、独裁政治となんら変わりない。

国民がどんなに異議申し立てをしても、国会で過半数が賛成すれば、可決、成立する。

 首相は記者会見において、

「特秘法が通常の生活を脅かすかことは断じてあり得ない。いまある秘密の範囲が拡がることはない。民間人の厳罰とか、映画などの自由な創作活動が制限されることは決してない」

と語ったが、それは首相の発言だけであり、その言葉を担保するものはなにもない。

つまり、国民から大枚の借金をして、なんの担保もなくそのうちには必ず返すと言っているようなものである。

特秘法を強行成立させた政権が交代すれば、悪法の行方の責任を取れなくなる。囂々(ごうごう)たる世論の反対に耳を閉ざし、特秘法の担保としてウォッチャー(チェック機関)を乱立しているが、その機関そのものが、同じ穴の狢(むじな)である官僚である。

同じ穴の狢のチェック機関の粗製濫造を見ても、いかに特秘法の作成、強行成立の過程が杜撰(ずさん)であるかがわかる。

日本が太平洋戦争で国を(あやま)った国策と、支払った貴重な犠牲を二度と繰り返すまじとの永遠の誓いを込めた憲法の精神を、根本から破壊するような特秘法を上程しながら、具体的な担保はなにもない。

この政権下、内閣法制局長、日銀総裁の更迭、NHK会長の退任表明を見ても、いかに権力を維持するための暴走であるかがわかる。

成立、公布、施行後、この法律がどんなに強化、拡張されようと、任期切れ、解散、総辞職等で現政権が交代すれば、だれが責任を取るのか。

憲法の精神は一代の政権が安易に()げるべきではないのである。憲法の精神は国家の精神であり、これを枉げようとする者は、政権を私物化している。

中国との緊張が高まっているとしても、アメリカと同盟して、世界の戦争に引きずり込まれる名分にはならない。

太平洋戦争中、ミッドウェイの惨敗以後、〃転進〃(退却)をつづけた事実を糊塗(こと)して、国を誤らせた大本営発表は、まさに特秘保護法の原形である。

例えばミッドウェイ海戦で、正規空母四隻を一挙に失った大惨敗を、「日本海軍の圧勝、我が方の損害は軽微なり」と大本営は発表し、日本全国で提灯行列が行われた。それ以後、連戦連敗を重ね、広島、長崎を経て、敗戦の日まで「転進」と発表しつづけた。

ある紙の社説に、「治安維持法になぞらえた批判に驚く」とあったが、それこそ驚きで、現首相が強行した悪法とは一代限りではなく、累代相続され、必ず強化拡張されて,治安維持法の再生となる。

反対市民のデモをテロ行為と呼ぶような与党幹事長が、次期政権担当の椅子を狙っていることを忘れてはならない。

善いことを強化するよりも、悪いことを強化するほうがはるかに楽であり、「悪貨は良貨を駆逐する」のが原則である。

広島、長崎以下、戦争の犠牲を全く無意味にする悪法成立の前で、無力感に陥ってはならない。

この悪法を阻止するために、国民はますます声をあげ、全国的な悪法阻止運動を盛り上げていくときであるとおもう。

朝日新聞(2013年12月10日「声」欄)に大意掲載

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