不朽の汚名(埼玉新聞2014年1月26日)

永久不戦の誓いと英霊

森村誠一

中国の今日は、日本の戦前、戦中によく似ています。軍拡に伴い、軍部の、特に海軍の勢力が強くなり、政府のコントロールをはみだして、東シナ海から南シナ海へ押し出してきました。

防空識別圏を勝手に設定して制空権を強化し、周囲の諸国家を軍事力で恫喝、あるいは圧迫しています。

一方では、思想、表現、言論の自由などが弾圧され、経済力の急成長に伴い、貧富の差は拡大され、国民の大半を構成する貧しい民が置き去りにされています。

軍拡前、なにも言わなかった中国が尖閣諸島の領有を主張して、準軍事行動を強行しています。

また、田中首相による日中国交正常化以後、日本の首相の靖国参拝を黙っていた中国が、干渉するようになりました。要するに、軍拡を踏まえて態度が大きくなったわけです。

しかし、今回の安倍総理の靖国参拝は、戦時中、日本の侵略を受けた中国、韓国等のみではなく、アメリカをはじめ、東南アジア諸国、ヨーロッパ諸国、世界の非難、批判を集めました。

中国の軍事的圧力に対応して、安倍首相は日本の軍備増強を重視しました。永久不戦を国是として規定した憲法9条は、中国に対応する軍拡の目の上のたんこぶでありました。

ならば、9条の直接攻略をあきらめて、国家安全保障基本法案を策定し、解釈改憲によって9条を骨抜きにし、歴代の政権が手をつけなかった集団的自衛権の行使を容認しようとしています。特秘保護法の強行採決の主的(メインターゲット)も9条にあります。

戦争は秘密を前提として開幕します。戦争は人類の天敵であり、国土だけではなく、人間、動植物等の命を奪い、人心を荒廃させ、基本的人権の悉くを圧殺します。

そもそも靖国神社は、明治天皇の意志により、日本の内乱(戊辰戦争の、特に西軍)の死者を祀る神社として創建され、それ以後の戦没者を祭神として祀りました。

日本は明治維新以後、日清・日露戦争から連戦連勝した勢いに乗り、国民に目隠しをして、真珠湾の奇襲から太平洋戦争に突入しました。ミッドウェイの惨敗以後、連戦連敗を大本営発表で欺き、広島、長崎、また三百万を超える犠牲者を踏まえて、永久不戦の憲法を得ました。9条は日本だけではなく、戦争関連国のすべてを含めての誓いなのです。

日本は戦争に学び、中国は学ばず、むしろ日本のかつての暴走軌道を踏んでいます。日中国交正常化以後から始まった中国の軍拡は、まさに日本の、そして当時の世界列強の帝国主義(弱国の侵略)を踏襲しています。

そのような時期、中国の軍拡を抑えるための日本の軍備強化は、兜(かぶと)と刀のような関係であって、相互に相手よりも強くなろうとして果てしがなくなります。

軍事力ほど相対的劣化性の速いものはありません。どんな最新兵器を備えようとも、仮想敵国がより優秀な軍事力を備えれば、我が方の兵器は劣化して無意味となります。

日中関係が緊迫している今日の日本の首相の靖国参拝は、いたずらに仮想敵国以下、関連諸国の批判を浴びるだけであります。与党内部からの反対も押し切って、国のために死んだ英霊に参拝するのは、首相として当然の務めであると主張して強行した結果は、世界の批判・非難を集めました。

この度の靖国参拝を内心最も喜んだのは中国です。軍拡に伴う中国の膨張に対して警戒していた諸国も、この参拝を強く批判しました。中国にとっては願ってもない風向きであり、参拝者は敵に塩を送りました。謙信が信玄に送った塩のように、弓矢で戦う(戦争)を前提とした塩です。

アベノミクスの立役者が、こんな予想ができないはずはありません。祖父の岸元首相時代からの憲法改定を的にしての権力の私物化です。

純粋な鎮魂行為が靖国詣の大義名分となっていますが、霊璽(れいじ)に奉記(安)されている戦没者の大多数は、国民皆兵のもと、一家の大黒柱や市民や学徒で、一銭五厘の赤紙(召集令状)によって家庭や学舎(まなびや)から戦場へ否も応もなく引きずり出されたのです。

戦争主導者や、職業軍人以外の英霊は、すべて戦争によって殺害された被害者であることを忘れてはなりません。靖国はその英霊をやわらかく抱き、9条が、二度と同じ過ちを犯し、新たな英霊をつくることのないように守っています。

それが中国の軍拡に脅かされて、特秘法の強行採決や、解釈改憲による集団的自衛権の行使容認など、戦争を誘発するような首相の参拝断行は、むしろ英霊の安らかな眠りを妨げるものであります。

「国民との約束」という言葉を参拝の動機にしていますが、そんな約束をしたおぼえのない国民のほうが多いのです。靖国の英霊は、憲法9条によって、戦争の再発を守られているのです。

この度の総理の靖国詣は、英霊の鎮魂でもなければ純粋な慰霊でもありません。違憲の疑い濃厚な(20条3項)宗教活動であり、単なる政略の一環として、前・元政権に対する国民の失望に便乗して奪還した政権を確定するためのパフォーマンスにすぎません。

参拝したければ、諸外国の批判のもとになるようなポストを下りてからすればよろしい。

靖国は軍国主義のシンボルでもなければ、遺跡でもありません。「靖国」の本来の語意は、国を安んずる意味であり、人類の天敵、戦争を二度と起こさないと保障した9条が守る英霊が眠る聖域なのです。

解釈改憲を試みる前に、むしろ靖国の解釈と、英霊を殺したものはなにかを考えるべきでしょう。

英霊のために永久不戦を誓った憲法を、任期限りの政権が改め、戦争を誘発しやすい地盤を固めつつある為政者となる者は、戦争の尊い犠牲と学習を無意味にする、むしろ天敵の味方として歴代内閣最悪の首相として不朽の汚名を残すでしょう。

(埼玉新聞 二〇一四年一月二十六日掲載)

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