日本を覆う9条改憲に異議あり(日刊ゲンダイ2013.7.11)

日本を覆う9条改憲に異議あり―自衛隊を国防軍にする危うさ―

七月六日付毎日新聞の「近聞遠見」には異論がある。筆者の岩見隆夫氏は以下のように書いている。

「作家の野坂昭如氏は、憲法改正について、<自衛隊を国防軍に改める動きがある。名などどうでもいい。日本の何を守ろうとしているのか。小さな島国において軍事で守ることが出来るのか……>(5月21日付『毎日新聞』コラム<七転び八起き>)

と書いている。国防をどうすればいいのか、なにも触れていない。」

ま た「大江健三郎氏らは、改憲論議が起きるたびに、憲法9条こそ平和の礎と訴えてきた。世界の大江である。9条さえ守れば平和は永続する、と信じる人も多か ろう。」と決めつけ、「野坂、大江らは「∧国を守る∨とは何か、を突き詰めて考えたことがあったのだろうか」と疑問を呈している。

そして、「いま肝心なことは、国敗れて憲法残る、にならないか、という問題提起にどう考えるかである。」

「安倍晋三首相らは改正の論拠として、9条2項は∧陸海空の戦力は保持しない∨としており、実態と合わない、と主張する。その通りで、誰も反対できない」と書く。

そんなことはない。実態と合わないのは当たり前である。戦争の反省を込めて、憲法九条が先に制定され、その後で自衛隊が生まれたのである。

要するに、憲法改定の論拠は、他国から侵略や攻撃を受けたとき、軍がなければ「国敗れて憲法残る」と後先を勘ちがいして主張しているだけである。

日 本は決して軍事力空白国家ではない。軍ではない自衛隊という強い用心棒によって守られている。用心棒は軍ではない。戦前・戦中、軍事政権により人間的自由 の悉くを圧殺され、八紘一宇の精神のもと、世界戦争に暴走した報いとして広島、長崎、また三百万を超える犠牲を払って手に入れた不戦憲法を改め、優秀な用 心棒を、なぜ軍に昇格する必要があるか。

永遠を誓った不戦憲法が自衛隊を持ったのは、最大限の妥協である。憲法に対して自衛隊は戦力ではな く、安全保障力である。憲法と自衛隊は法理的に矛盾しているが、警察予備隊としての発足時から歳月が経過して、戦力ではなく、国の用心棒、安全保障力とし て、国民感情的に九条と協調するようになった。

九条が自衛隊を守り、自衛隊が国を守っている。国民に愛される自衛隊としての存在を、戦争誘 発的な国防軍に改変する必然性はない。戦力が強大化すれば、シビリアン・コントロールから脱出して国民を補給源とする軍事優先国家となった例は、かつての 日本、今日のエジプト以下、アラブ諸国やミャンマー、中国などに見る通りである。

自衛隊が日本の頼もしい用心棒であるからこそ、愛される自衛隊となり、不戦憲法と共生できるのである。

岩見氏は、「肝に銘じなければならないことは二つに尽きる。第一に、二度と戦争をしてはならないこと。そのためのあらゆる努力をする。9条1項(戦争の放棄)が掲げる通りだ」と言う。

賛成である。だが、「不幸にして侵略されたり戦争に巻き込まれたりした場合、絶対に負けてはならないこと。敗北は民族の大悲惨である。」と記述し、ご自分の旧満州体験による敗戦まで、また敗戦後の百万人に上る非戦闘員の犠牲をあげている。

平和とは、現に戦争がないだけではなく、戦争を起こさない保障システムがあることである。戦争に対する構えは、戦争を誘発する。九条は、その構えを制約しているのである。

満 州の非戦闘員犠牲者が拡大したのは、軍が民間人を置き去りにして、さっさと逃げてしまったからである。絶対に負けてはならないという構えは、開戦前から国 防軍を備えて、戦争をする姿勢を取っている。用心棒は我が方から先手をかけないが、軍は国防の名目で先制攻撃をかける用意をしている。しかし、先制攻撃 は、今日では必勝につながらない。

今日は、第二次世界大戦以前の世界的帝国(自国拡大)主義時代とは異なる。自衛隊が発足後、ただ一人の戦死者も出していないことも、国民から愛される自衛隊になっていることも、憲法に守られているからである。

自衛隊は戦力ではなく、安全保障力と解釈すれば、九条を改定する必要は全くない。永遠を誓ったはずの、そして世界に誇るべき不戦憲法を改定、廃棄してまで、強い用心棒を「国防軍」に改める必要があろうか。

国敗れて残った憲法は、三百万を超える犠牲者、広島、長崎を踏まえてかち取ったものであり、憲法が残るのは当たり前であり、国敗れて今日の日本があることを忘れてはなるまい。

岩 見氏は、「日本はきわどいところにきている」という。まさに同感である。憲法九条を改めたり、廃棄したりすることは、戦争で支払った犠牲を無にすることで ある。尊い犠牲を踏まえて獲得した憲法九条を改めようとする者こそ、今後の国防のあり方を、戦力オンリーに頼る不安をおぼえる。

戦力不保持は理想ではない。国敗れて、憲法が案出した国家安全保障力を保持している。これを戦力に変えて、いつか来た道をふたたび歩む愚を決して犯してはならない。

(日刊ゲンダイ2013.7.11)

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