写真:クレジット以外は撮影森村
静脈やいのち支えし青き河かなしき流れよ一条(ひとすじ)の孤独
死にきれぬ浜辺に冬日の射しにけりこころ空(うつ)ろに石拾うなり
胸深し傷より涙あふれいず時雨(しぐれ)に溶けて落ち葉ぬらさん
畏友(いゆう)アラーキーこと荒木経惟氏から、最新写真歌集『乳房、花なり』を手ずからさりげなく贈られて、なにげなくページを開いた私は、全身が痺れるような衝撃をおぼえた。
進行性の乳癌に冒され、余命数ヵ月と宣告された女流歌人宮田美乃里氏は、乳房を切除しても女であることの存在証明を刻むために、荒木氏のカメラの前に、 自分の裸身を公開した。余命のすべてを結集して詠んだ歌を従え、荒木氏のカメラによって定着された彼女の裸身は、生死の境界を漂流する者の凄絶な輝きに彩 られていた。歌はすべて死を見つめた彼女の辞世である。
私はそのとき、この歌人がこの世にある限り、彼女を小説の形で書き留めておきたいという猛烈な衝動をおぼえた。それは彼女を書かなければ作家になった意味がないとおもいつめるほど切実な衝動であり、作家の業のようなものであった。私は直ちに荒木氏に連絡を取り、会えるかどうかもわからない死の床に臥している歌人に会いに行った。そして明日をも知れぬ歌人のベッドサイドに通うようになった。
この特集は、一期の歌人宮田美乃里が病床で詠みつづけた未発表の歌であり、余命のすべてを燃やした火花である。彼女をモデルにした小説は、「小説宝石」 11月号より連載開始される。死の彼岸に軸足をかけた歌人の心の内奥には、幾重ものバリアが張りめぐらされ、とうてい立ち入ることのできない領域である が、作家としての特権を最大限に駆使して、不可侵の領域は私の想像力で補い、ただ一人の運命の異性を探し求めて、300年の時空をさすらう永遠の恋人(エンドレスカップル)を書きたい。
もし、奇跡が生じて病気が全快したら、何をしたいと私が問うたら、宮田氏の目から突然涙が噴き出し頬を滴り落ちた。
この特集の写真はすべて森村撮影、宮田氏から委任されてアップロードした。
2005年3月28日午前6時21分、宮田美乃里氏は永眠した。享年34歳であった。
第四歌集「愛と死の歌」
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