著名人・芸術関係 – 1970年以後4

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青山学院大学校友会パーティー。 藤純子さんと共に。
藤さんのご父君は俊藤浩滋氏である。


津川雅彦氏と共に。


日本テレビ「森村ミステリーワールド」制作発表記者会見にて
右より水野真紀氏、佐藤浩市氏、村上弘明氏、とよた真帆氏、片岡鶴太郎氏と共に。


左・とよた真帆氏、右・水野真紀氏と共に。


神戸市役所に森村桂氏製作、犠牲者慰霊作品寄贈式。
左4人目・前神戸市長・笹山幸俊氏、森村桂氏、
右2人目・神戸市役所センター合唱団・田中嘉治氏。


平成9年、公演中の歌手・故三波春夫氏を
楽屋に訪ねて。


坂本冬美氏と共に。

十数年も前のことであろうか、私はなにげなく入ったパチンコ店で、古典的な手動パチンコを弾いていた。そのとき私の耳に入ってきたのが、凛(りん)として気品のある、艶のある女性歌手の歌声であった。いつの間にか聞き惚れていて、パチンコを弾く指がおろそかになっていた。それが坂本冬美との出会いであった。歌は「あばれ太鼓」。

この女性歌手はきっとこのような見目形をしているにちがいないと、私がイメージしたまさにそのとおりの女(ひと)であった。べつに作家としてのイメージが的中したわけではなく、だれが聴いても、坂本冬美の歌声と容姿はぴたりと一致している。演歌からポピュラー、ニューミュージック、ゴスペルと歌いこなし、その歌域は演歌歌手としてくくれない広大な版図を擁している。坂本冬美の歌には芸神があたえたもうたような品格と、極めて高度な完成度がある。ステージで歌うときの凛たる姿勢は、歌の魂が結晶したように輝いている。人生には人と人との出会いのほかに、歌との出会い、芸術との出会いがあることをおしえられた。演歌のファンは年輩の人が多いが、演歌には人生のため息が込められているような気がする。そして坂本冬美の歌には、ただため息に終わらない品位と、歌の理念がある。


左より十勝毎日新聞社副社長・林浩史氏、同社社長林光繁氏、右端・晩聲社社長・和多田進氏。

和多田氏はこの写真の林社長ほか、素晴らしい人脈を私に紹介してくれた。晩聲社のほかに「週刊金曜日」や、人生相談社の創始者でもある。和多田氏は初めて上京したとき、人間の瘴気(しょうき)が満ちているような東京の街が、こここそ自分の住む街だとおもったと言った。

通称ワタさんとの合言葉は「平和と民主主義のために」である。

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