芭蕉の杖跡 おくのほそ道新紀行

元禄2年、全行程2400kmに及ぶ旅に出た松尾芭蕉。ミステリー小説の巨匠であり、「写真俳句」で俳句の新たな可能性を追求する森村誠一が、芭蕉を追い、「おくのほそ道」の謎に挑む。『毎日が発見』掲載を単行本化。

角川マガジンズ
2012.7

===著者解説===
角川グループホールディングス総帥角川歴彦氏より、芭蕉の杖跡を追い、名蕉地に立ち、芭蕉の名句に対応する句を作ってみないかと依頼され、スタート地深川からゴールの大垣まで結んで完走した現代の『新・おくのほそ道紀行』である。

名蕉句に対応する句を、と角川氏からもちかけられたときは、登攀不可能な未踏の巨峰の麓に立ったような気がしたが、芭蕉が当時持っていなかった文明の二大利器を我がほうが持っていることに気がついた。

それはスピードと通信・記録機器である。この利器を使えば、見過ごす虞があるとしても、芭蕉が見られなかった光景を今日から見直し、芭蕉が詠めなかった句を起こせるかもしれないとおもい直した。

芭蕉が義経終焉の地・高館に立って「夏草や――」のグローバルな名句を吟じた現地、現時点は、国道四号線を走る車列の絶え間なく、夢の跡を蹂躙しているように見えた。この光景は芭蕉には決して見えなかった。

最上川には電気炬燵を入れた遊覧船が下り、北陸路最大の難所・親知らず子知らずは悪天候下でも、高速道路をバスに乗ってなんの不安もなく通過できる。

機械文明の頂点に立って芭蕉の名句に対応する今日の句や、『新・おくのほそ道紀行文』はどんな世界を展開するか。そもそも『おくのほそ道』は蕉句と蕉文が合体して不朽の名作となった。

また蕪村は自作の句に自作の画をつけた俳画をもって、今日の写真俳句の遠祖となった。ならば、芭蕉の句文と蕪村の俳画をジョイントした写文俳句による『新・おくのほそ道』はどんな俳道になるか。

完走後、東日本を襲った大震災の被災地に蕉跡を再度追い、完成したのが本書である。

*は新書サイズ、()内は別題名、複数作品収録の場合ならびに長編選集は〈 〉に内容を示した。◇は再編集本など。


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