刺客請負人

許嫁者を藩主に奪われ、母も失い故郷をも追われた天涯孤独な素浪人・松葉刑部人呼んで病葉刑部。江戸に流れつき絶望の果てに身をやつしたのが、世俗の倫理を捨てた剣をたよりの刺客請負業。時あたかも元禄バブルの天下泰平の代、武士は職を失い、商人は肥えふとる。将軍綱吉の悪政、老中柳沢吉保の陰謀、紀伊国屋文左衛門の商魂、そして浅野遺臣の吉良邸討ち入り事件など、時代の波にほんろうされながら、テロルの道をひた走る。サムライ社会の不条理を鋭くついた、迫真の社会派人間ドラマ。

〈孤臣/刺客請負人/柳の下の野望/神奴/源氏斬り/付け人の死所/武士と人間の間/犬難〉

【著者解説 2003/3/17】

『非道人別帳』を「オール読物」に掲載中、当時の「小説新潮」編集長、校條(めんじょう)剛氏から、この作品のシリーズの執筆を依頼された。たまたま本作シリーズのスタート後、三波春夫氏との対談が同時掲載となったのも縁である。『非道人別帳』が八丁堀同心を主人公としているのに対して、本シリーズでは病葉刑部(わくらばぎょうぶ)という武士社会のドロップアウトを主役に据えて、元禄忠臣蔵事件以後の江戸の闇の中で活躍させた。

時代小説、特に江戸期は人間臭が機械の介入によって薄められることなく、四季折々の季節感が江戸の町を彩っていた。いまは廃れてしまった生活習慣が生き生きと息吹いており、科学で説明できない要素がたっぷりとあった。そういうものを作品の肉づけとして描きたがったのは、作者の郷愁であるかもしれない。心身共に江戸期どころか、明治、大正、昭和初期に戻れないことを知っていながら、人間味濃厚な時代にタイムスリップできるのは小説の特権であり、その特権を作者として充分に行使したのがこの作品である。

新潮社
1997.11

*中央公論新社
2004.12

中公文庫
2006.3

*は新書サイズ、()内は別題名、複数作品収録の場合ならびに長編選集は〈 〉に内容を示した。◇は再編集本など。

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