鉄筋の畜舎

【著者解説 2002/8/27】

10年弱のホテル勤務は作家の素地となるべき人間観察の機会をたっぷりとあたえてくれたが、その間、私は鉄筋の畜舎に閉じ込められた囚人のように感じた。 地上17階、客室千余室を擁するホテルは、当時、日本でも最大規模のものであったが、それは客を満足させるための最高の施設・設備を揃えてはいても、従業 員にとっては巨大な畜舎であった。

客が山海の珍味に食傷しているかたわらで、従業員は従食と呼ぶ従業員食堂で、同じ餌をついばんでいる白色レグホンのように餌をあたえられる。私はホテルで 客と従業員の身分差をいやというほど味わわされた。せめて白色レグホンのようになりたくないと願って、自宅からおかずだけは持参した。はかない抵抗であっ た。約十年間、私は人間観察の宝庫にいながら、そこから脱出することばかりを考えていた。

講談社
1973.3
*講談社
1974.7
講談社文庫
1975.2
講談社文庫
1977.6
角川文庫
1978.8
廣済堂文庫
1995.9
青樹社文庫
1999.4

*は新書サイズ、()内は別題名、複数作品収録の場合ならびに長編選集は〈 〉に内容を示した。◇は再編集本など。

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