【著者解説 2002/8/20】
郡上八幡から高山に向かう途中、バスの車窓に鉛色の湖面が広がった。御母衣(みぼろ)ダムによってできた人口湖・御母衣湖である。折から桜の季節で、湖畔に2本残されている桜の木の下で、十数人のグループが花見をしていた。広大な鉛色の湖畔で、たった2本の桜の木の下の花見はいかにも寂しげに見えた。
バスガイドを兼ねる運転手は、湖底に沈んだ村人が年に一度、各地から集まって失われた郷里を偲び、花見をすると説明した。年々花見の客が少なくなるという。私は最後の村人によるたった1人の花見を想像した。私はその桜を「恨み桜」と名づけた。郷里を失った村人の恨みが集まっている桜という意味である。湖水の色も郷里を奪われた村人の恨みを溶いたような色調をしていた。そのときすでに私の意識に描かれていたこの作品の輪郭が、鉛色の湖面に投影していた。
角川書店 1990.1 |
*角川書店 1992.8 |
角川文庫 1993.11 |
光文社文庫 2003.11 |
中国語版 1999.7 |
*は新書サイズ、()内は別題名、複数作品収録の場合ならびに長編選集は〈 〉に内容を示した。◇は再編集本など。