【著者解説 2003/4/8】
植物にとっては、動物の体に含まれている硫黄や燐が有害であるが、ギンリョウ草という花は動植物の死骸を栄養にして育ち、花を開くという話をどこかで聞いたか読んだかして、これを素材にミステリーを書きたいとおもっていた。動植物の死骸を栄養分にするとは言っても、ギンリョウ草は植物オンリーということが わかったが、私は死体の上にどうしてもギンリョウ草を咲かせたかった。専門家の意見を聞き、いろいろと工夫をめぐらして、ネックをクリアしたが、ギンリョウ草が咲く魅力的な土地を探し当てられない。
各地に旅行した際、ギンリョウ草の分布を捜し求めていたが、なかなか見つからない。山陰の崖っぷち、北面の斜面に太陽から顔を背けるようにして、ひょろりとした茎の上に1弁ずつ白い花を咲かせる。それほど辺鄙(へんぴ)な場所ではない町外れの廃屋や、あまり人の来ないさびれた寮の庭や構内の一隅に死体が埋められていて、そこに咲いたギンリョウ草によって完全犯罪が崩れるという設定であったが、なかなかギンリョウ草の分布と合致したイメージの場所が見つからない。
長野県の真田町にギンリョウ草が咲くという話をだれかから聞きつけて、早速現地へ見に行った。ギンリョウ草は見つからなかったが、町外れの山陰に廃れた 寮のような建物を発見した。玄関前に車回しがあって、かなり大きな建物である。玄関脇の破れた窓ガラスから中を覗き込むと、荒れ果てていて、人の気配はな い。庭に池の跡があり、ひび割れたコンクリートの底が露れていた。まさに私のイメージ通りの場所であった。主役のギンリョウ草の有無よりも、私はその″現 場″に惚れ込んだ。『花の骸』はこの現場でなければならない。主役よりも現場に惚れ込んで立ち上がったのが、この作品である。おそらくいまは、その建物は取り壊されて、ないであろう。その建物の構内から死体が発見されたというニュースも聞いていない。だが、いまでも私はあの廃寮の庭の一隅に死体が埋められているような気がしてならない。
講談社 1977.1 |
*光文社 1978.1 |
*講談社 1978.7 |
講談社文庫 1979.5 |
角川文庫 1982.2 |
青樹社文庫 1994.11 |
廣済堂文庫 1997.12 |
ハルキ文庫 2000.11 |
*は新書サイズ、()内は別題名、複数作品収録の場合ならびに長編選集は〈 〉に内容を示した。◇は再編集本など。