棟居刑事の「人間の海」

刃物で身体を刺された女性が病院に運び込まれた。女性はまもなく死亡し、被害者を連れてきた女性は姿をくらました。被害者は銀座のホステスと判明したが、それ以外、有力な手がかりはなかった。一方、新宿で易者をしている松江のもとに、かおりという女性が助けを求めてきた。彼女は大企業総帥の令嬢で、何者かに追われているというが、父親は実母を亡くしたための被害妄想だと信じて疑わない。後妻である元ホステスの義母が裏で糸を引いているのか、それとも彼女が何かの鍵を握っているのか?松江は、自分の住むアパートの住人たちとともに、犯人を追い始める。事件を調べていくうちに、二つの事件は奇妙な符合の一致を見せてきて…。

【著者解説 2002/8/27】

人間の海という言葉が好きである。特に東京の雑踏の中を歩いているとき、まさに人間の海を感じる。だが、雑踏の中だけはなく、東京ではアパートや、電車やバスやタクシー、喫茶店などでも、人間の海を実感する。

地方都市では、ちょっと外出すれば必ず知り合いに出会うが、東京で知り合いに偶然出会う確率は天文学的である。なにげなくすれちがっている人々とも、それぞれの人生において二度と出会うことはない。だが、すれちがいは出会いとは言えない。生涯、一期一会のすれちがいが人間の海では毎日、無数に無感動に行わ れている。

だが、仕事、趣味、生活環境、宗教、出身地、出身校等、各人生においてなんの関係もない人々が、酒場や喫茶店に集まって触れ合う。本来、なんの関わりもな い人々が親しくなり、錯綜した事件を協力して解く。彼らの間には一片の契約も約束もない。人間の海らしい人間関係を描いてみたかった。彼らが人生の一時集まった都会の一隅のアパートは、私が20代に入居していたアパートをモデルにしている。いまそのアパートはない。

実業之日本社
1998.7

*実業之日本社
2000.1

角川文庫
2003.10

*は新書サイズ、()内は別題名、複数作品収録の場合ならびに長編選集は〈 〉に内容を示した。◇は再編集本など。

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