コーヒーの香りに惹かれ梅雨(あま)宿り
コーヒーが好きである。芳(かぐわ)しいコーヒーの香りが漂う空間に身を置くだけでほっとする。カレーやシチューのにおいは、腹の虫がぐーと鳴くだけで、ストレスの解消とはちょっとちがう。茶の香りもよいが、本格的な茶は時間がかかりすぎる。
コーヒーは朝と雨の午後などが特にうまい。見知らぬ街角に魅力的なカフェのドアを見つけると、つい押したくなってしまう。ドアを押して入れば、さらにコーヒーの香りが濃くなる。魅力的な店構えの店内は、さらに雰囲気がよい。
常連らしい客の影が、それぞれ指定席らしい位置を占めて、コーヒーカップを前に、新聞や本を読んだり、世問話に耽(ふけ)っている。
やがて出されるコーヒー。そのコーヒー相を見ただけで、その質がわかる。容器、クリーム、砂糖。一点の非の打ちどころのないコーヒーを出されると嬉しくなってしまう。店構えに騙されて失望することもある。
一杯のコーヒーであるが、人生の香りがある。人生といっても、それほど深刻な香りではない。客のそれぞれの人生のかけらが、コーヒーの中に柔らかく溶けていくようである。
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