猫型の宇宙

まるで迷い込んだ蝶のように目の前に現れた明日めぐみに道浦良一は急速に傾斜していく。単身赴任による二重生活を続けるうち家族との絆を完全に失ってしまっていた道浦には、少女の面影を残したそのコールガールと過ごす時間が、心に鬱積したしこりを癒してくれるように思われたのである。――ところが、めぐみはホテルの一室で常連客の死に遭遇し、警察に通報したまま消息を絶ってしまった。やがて彼女も死体となって発見される……。森村ミステリーワールド。

【著者解説 2003/4/15】

単身赴任は歪んだ家族形態である。家族の都合というより、たいていは子供の都合である。それも妻の口実で、実際は妻が夫の赴任地へ従(つ)いて行きたがらない場合が多い。特に地方へ赴任する夫に、都会の生活に根を下ろした妻は動きたがらない。子供の受験や進学のせいにして、夫一人を赴任させる。夫も子供のためと言われて、しぶしぶ単身赴任する。たまの休暇に帰って来ても、もはや夫のいる場所はなくなっている。長期の単身赴任の後、再転勤になって帰宅すると、もはや我が家は夫のいない生活が完全にでき上がっている。せっかく自宅に帰って来たものの、いる場所のない夫はどうするか。彼が迷い込んだ猫型の宇宙とはなにか。

私の作品では、よく猫が登場する。例えば『悪魔の圏内(テリトリー)』、『悪の器』など。猫が好きなせいもあるが、猫は最もミステリーに親しみやすい動物である。猫を案内役として、猫型の宇宙へ旅立った単身赴任の宇宙飛行士、これはSFではなく、現実に起こり得るストーリーである。

*角川書店
1991.11

角川文庫
(殺人の赴任)
1993.3

光文社文庫
(殺人の赴任)
1999.2

*は新書サイズ、()内は別題名、複数作品収録の場合ならびに長編選集は〈 〉に内容を示した。◇は再編集本など。

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