『奇形の札束』
小説を書いていると、意外なところで意外な抗議を受けることがある。「小説現代」に発表した『奇形の札束』は作品発表後、結成されたサリドマイド裁判市民の会の抗議を受けて、私の作品集から外された。抗議の趣旨と私の作品の意図はかなりずれているように思ったが、この作品によって迷惑を受ける人がいるとなると、単行本に収録するわけにはいかない。私としては好きな作品であるが不運な作品であった。
『あさはかな復讐』
草野唯雄氏の原案に手を加えて発表した。草野氏の意向もあって、草野氏原案という文字を入れなかった。そのことが私の心の負担となって、単行本に収録されていない。『奇形の札束』と並んで不遇な作品である。
『餓狼社員』
私の原案を石ノ森章太郎氏がコミック化して、「週刊現代」に連載された。小説とコミックが合体した本邦初の新形式の作品で、グラフィック・ノベルという新語がつくられた。私の原作が数多くコミック化されているが、コミックと合体したのはこの作品だけである。石ノ森章太郎氏はかなり力を入れて書いていた。その石ノ森氏もいまは亡い。
少年期、吉川英治の大ファンであった私は、いずれは時代小説を書きたいという意図を胸に秘めていた。「週刊朝日」に連載した『忠臣蔵』を嚆矢として、『新撰組』『人間の剣』へと歴史・時代小説に進出した私は、『太平記』『平家物語』に執筆意欲が拡大した。
だが、中世から平安期へとさかのぼるにつれて、古語の壁が立ちはだかった。古語は高校時代に古文として少し学び、大学時代にかけて古典を少し読んだだけである。古語、古文の参考書を買い集め、錆びついた古語をブラッシュアップしなければならなかった、このメモは『古典太平記』および『平家物語』から頻用語を抜き書きしたものである。
現代語から完全に死滅してしまった古語に毎日親しんでいる間に、「いかが侍り候や」「祝着至極に存じ奉る」といった口調になってきた。