学生時代・作家まで – 山の写真6

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「夏山」(自作)

いまさら云うまでもなく
雪渓や岩だらけの
長い荒涼の径を横ぎって行ったのは
あの季節あの山の
最も明るい輝きに
触れたかったからだ

とりどりの旅装に身をかためた
アルピニストの心は
もっくりと頭をもたげた白雲や
その向うの眩しい空より
もっともっと
晴れ晴れとしていた


夢の縦走路中の白眉。薬師岳頂上にて。
背後に剣、立山、白馬、五龍、鹿島槍方面を望む。
(クリックで拡大します)

「ケルンの唄」(自作)

心に棲んだ夢のかたみと
アルピニストは常に残した
長いみちのりのその極み
風の吹き分れる天辺に

岩片は小さく堆(うずたか)く
風化に絶えて生き残った
崩れては積まれまた崩れては
アルピニストの想いをこめて
天の道標は築かれていった

岩より岩を伝い
這(はい)松を分け
とぎれがちの小径をしっかりと
アルピニストは導かれていった
澄んだ歓喜を大空に撒いて
霧に咽(むせ)びながら青春を唄うために

夢はその先には行けなかった
雲の様に簇(むらが)り立つ
限りもない山脈の
夕暮に預けられたケルンの群に
遠い想いを託してからは


雲ノ平にて。背後は黒部五郎岳。


雲ノ平より槍ヶ岳を望む。

20代後半、ホテルの仲間と共に湯俣渓谷からアルプス最奥の三俣蓮華岳に1日で入れる伊藤新道を経由して、雲ノ平、槍ヶ岳を越え、上高地へ下った。そのとき、これまで山麓から2日圏であった三俣蓮華岳を1日で結んだ伊藤新道の開発者伊藤正一氏と一緒になったのが縁で、後に『虚無の道標』『青春の源流』などを書くきっかけとなった。

いま、伊藤新道は登山者も少なくなって、『虚無の道標』の結末と同様、ほとんど廃道になっている。三俣蓮華岳はいまや私にとって遠い山となってしまった。


燕岳から槍ヶ岳へ至るコースをアルプス表銀座、
烏帽子岳から槍ヶ岳へ向かうのがアルプス裏銀座と呼ばれている。裏銀座から槍ヶ岳を望む。

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