2010年度 山村教室開講式 島田荘司先生ご講演 2

受講生 やはり、謎があるというところではないでしょうか。ひと言で言うと、謎があるのがミステリーではないかと思っています。その中で、推理小説というのがミステリーの根幹だと思っています。緊張していて……、間違えていたらすみません。

島田先生 ほかに意見はありますか? そう、その通りです。ミステリーというのは、要するに「ミステリー」が描かれた小説のことです。よく、殺人が描かれた小説だと思われます、これは間違いではないのですが、ミステリーというものは、基本的に神秘的な現象、不思議な出来事、一見何故こういうことが起こったのか解らない、解決がつかないな、理解ができないな、というような不思議が描かれた小説のこと、と理解するのがよいと思います。

殺人の小説というのはその一部分であって、殺人の謎というのが最も吸引力が高く、本が買われるから、という順番だと思います。ですが、今はもうだんだんに、そういう時代ではなくなってきていると思います。殺人の刺激が氾濫してしまって、殺人の刺激が最も強いとは言いがたいかもしれません。謎がある小説、これは何も警察が出てきたり、新聞に載ったりするようなことだけではなく、日常的な謎も多いに含むべしと思います。その方が今は新鮮であると思います。最近私が経験したことですが、夕方になるといつも熊笹を一生懸命刈っている老人がいました。そして毎日、黒い袋に詰めて持ち帰る。来る日も来る日もそれをやる。いったい何故だかは解らない。

あるいは、ニューヨークの友人の話ですが、いつも赤いコートを着て同じ町角に立っている黒人がいる。何をしているふうでもない。ただ何時間も立っている。とてもミステリアスな風景ですね。これらにはまだ答えはないのですが、日常の謎です。ブラッドベリという作家がいますが、詩的な感覚と詩的な表現をもってこういう風景を描いていく。こういうものがミステリーですね。

謎の現れる場所は、初段でもよい、中段でもよい、後段でもよいと思います。幻想小説、ホラーなども神秘的な出来事を扱っているわけですから、わたしはミステリーとして扱っていいと思っています。そしてそれらの中に、「謎→解決」という柱を中心に持っていて、神秘的な出来事が、後段において日常レヴェルにまで解体され、平易に説明される、そしてその解体の際に、推理論理が大いに用いられていく、そしてこのプロセスが、後段に過不足なく紹介される、これが「本格のミステリー」の姿です。「推理論理」、という要素がポイントです。

こういう一群の小説においては、謎は初段に書かれた方がいいですね。推理、つまり論理思考という説明が後方に続くわけですから。そのスペースが必要です。しかし理由はそれだけではありません。作家たちは誰も、最初は無名でスタートしますよね。本屋に積まれる無数の本の中の一冊です。埋もれて終わる危険がある。読者の人たちは、その作家になじむまでは、著書にどんなことが書かれてあるのか解りません。こういう人が読者に本を買ってもらう場合、なるべく早い段階で謎を提示してあげた方が親切ですね。読み手を一刻も早く吸引してあげ、不思議を面白がらせてあげたいわけです。

ミステリー小説という大きくくりの中で、「謎→解決」という太い背骨を持っており、そして、推理の論理を用いて解決が導かれる、その経緯をスリルをもって描いていく、そういう一群の小説を「本格のミステリー」と呼ぶと、こう理解して欲しいのです。この構造は、「魚」に似ています。「魅力的な謎」という「おかしら」があって、その「解決」という「尻尾」があって、これに向かうプロセスが、背骨として両者をつなぎ、貫いています。

そしてこのプロセスの中途で、ミスディレクションを含め、解決を求めていろんな「推理」が行われる。この推理は、「枝骨」に似ています。ちょっと抽象的な話で申し訳ないのですが、本格度が高い小説というのは、こういう小骨、枝骨が多い小説、一定の本数以上を持つ魚のことであると、わたしは理解しています。殺人の小説も、だいたいそうですね。殺人が書かれた小説がミステリーと呼ばれるのは、これらは多く、犯人が不明なわけです。だからミステリーとなるわけです。もしも特殊な殺され方をしていれば、手段も解らず、理由も解らず、時には凶器も解らないことがある。焼死体の場合など、殺された人が誰だかも解らない。この解らない部分が、ミステリーなんです。

殺人の小説は、ショックの度合いが大きいですね。人を殺すという行為が、最も吸引力が高い謎を作り出すわけです。さらに、それがもしも身近な人であれば、もっとショックが大きい。だから誰もが事件の捜査に巻き込まれていく、そういう出来事が続くわけです。ゆえに、過去こういうミステリーが出版界に氾濫しました。しかし、ミステリーとはそういうものばかりではないのです。

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