ここで、とても大事なことがありますね。小説の流れには、大きく分けて「自然主義」と、「人工主義」のふたつがある、ということです。清張さんが「社会派」と呼ばれたのは、「人工主義」という言葉がなかったからです。あればこれとの比較から、「自然主義派」と呼ばれたでしょう。
しかし探偵小説は、あきらかに人工主義によって創られます。後半での驚きを大きくするため、説明文の中にあらかじめ手がかりを多く埋め、伏線を張り、複数の事件を、あらかじめ描いた設計図に沿って、人工的に起こしていくわけです。こういう展開の中で、作家は建築設計技師であり、造物主、神です。
自然主義はもっと謙虚ですね。神はあくまで自分の外側にいて、神が起こした事件を従順に描いていきます。ところが探偵小説の作家は予算に頓着せず、雪の中に不思議な館をぽつんと建てたり、たったひとりの人間を殺すためにその中に大予算のトリックを仕込んだり、どこの世界にこんな犯人がいるかと問われれば、その通りです。ゲーム型のミステリーもそうですね。現実の犯罪、すなわち自然主義の犯罪は、こういうかたちでは起こってきません。
しかしながらここには、なかなか象徴的な意味合いがあります。『モルグ街の殺人』の犯人のような存在が、現実に街を歩くというようなことはないかもしれませんね。いや実は最近台湾でありましたけれどね。ともかくこの人工主義発想が、探偵小説という文学ジャンルを創り出したのです。自然主義の発想しか作家の内になかったなら、ミステリーは誕生していないのです。
乱歩さんはこれをさらに一歩進め、日本にあった見世物小屋の趣向をジャンルに持ち込むことによって、大輪の花を咲かせます。これはモルグ街の手法を大げさにしたものとも言えますし、歌舞伎的ともいえる。これもまた、大いに人工主義の範疇でした。しかしながら、これが文壇からのあからさまの軽蔑を招く。探偵小説文壇の追随者たちに、定型によりかかりすぎた怠惰な仕事ぶりも、確かにありました。そののち現れた清張さんが、ここで大きく舵を切り、こうした演劇的人工主義には興味を示さず、自然主義の手法を自作に採り入れてジャンルに敬意を取り戻すわけです。
ただこれは清張さんの計算ではなく、彼はこういう体質だったのだとは思います。清張流が大当たりし、探偵小説の地位を大きく引き上げた。その時は自然主義の方が、人工主義よりも遥かに上位、高級と考えられ、これは自明とされましたが、実はこの点も、そうではないのですね。
日本の文学史の全体を俯瞰すれば、あるいは西洋の文学史においてもそうです。聖なる物語以降の小説界を俯瞰しますと、実は人工主義の作例の方が圧倒的なのです。自然主義というものは、実は近代からのまだ短い歴史しか持っていません。また今はいささか失速気味です。
そして清張さん流が一斉を風靡してのち、森村先生が登場していらっしゃるのですが、森村先生の場合、自然主義の作風を適度に採ると見せながら、実は人工主義をうまく採り入れているわけですね。たとえば『高層の死角』という傑作がありますが、フロアパスキーと個別の部屋のキーという構造は、それ自体、本格に接近する複雑な構造を持ちます。
実際のホテルの機構に助けられたのだろうといえば、それはそうかもしれませんが。では別の小説で、狙撃しやすいように隣り合う形態のビルを、将来の狙撃を想定して前もって造ってしまう、そういうものがあったと思います。これなどはもう人工主義の極致です。清張さんの作品には、決して現れ得ません。
しかし人間描写、女性描写などには、自然主義の巧みさやその文体というものが、ありありと生きて、流れています。その後に現れてきた私なども、やはり自分で把握するに、人工主義的な要素はむろん多々あり、主軸なのですが、自然主義流儀の筆も、あるいはそうした意識も、捨て切れずに持っていた、ということになりますね。
では、自然主義というものについて、ちょっと考えてみます。日本の近代自然主義の象徴であるところの田山花袋氏も、心から自然主義の人だったかと言えば、これはもう解りませんね。当時自然主義のメソッドというものはすでに海外にあり、つまりはこれも輸入なのですが、これを知的操作で、覚めた咀嚼を行って、偉いとされる地位の人の極限的な惨めさを、暴露的に、赤裸々に描いて、してやったりといったかたちで、意図通りの成功を為したのかもしれません。
ということは、彼も日本型通俗を使ったということです。そう思う時、このような、ある意味借り物の自然主義を標榜しながら、自身を惨めに見せるという自然主義の日本式解釈、それとも誤解を、裏面からの操作で最大限に引き延ばし、楯のように用いて、目の覚めるような成功を勝ち得た天才がいます。私はそれが太宰だと思う。
この人は戦後の人で無頼派、むろん自然主義の作家とはされませんが、いわば伏流水のように、その発想は読み手側の心に高級のものとして続いていたわけです。そこで彼は自身の創作の一部を自然主義流儀に見せますが、果たしてそうなのでしょうか。ワイドショーがない時代です、大衆の読みたいものを先廻りして読み、時には自ら作り出しておいて、「あんたたちの読みたいのはこれだろう」と言わんばかりに大衆に突きつけた、そう理解することもできなくはない。どこまで計算していたのか、彼は読み手の興味を引く作品を次々に発表しますが、あそこに書かれていることが果たして全部真実かと言えば、決してそうではなくて、露骨に計算の産物という要素も、多々あると思います。
自然主義という思想そのものが、彼には使い勝手のよい道具であったのかもしれない。彼はこれを裏側からむんずと掴み、自在に振り廻し、使い切った、かもしれない。そうした意味で、彼は日本文学史上の、もしかすると最高の位置にいるのかもしれない。
私も彼は好きですからね、悪くは言いません。でもそうなら、自然主義というものは果たして何なのでしょうね。人工主義とどう違うのでしょう。両者はコインの表裏かもしれない。そして自然主義をスタートさせた文学界の輝ける巨人たちも、輸入の高級品を日本流に、通俗寄りに解釈して用い、あっさり成功を為しているのかもしれない。そうならばみんな、実は乱歩さんとよく似ているんです。ちょっと脱線しましたが、こういうのがだいたいのミステリーの構造、ミステリーの歴史、および日本における本格ミステリーの流れですが、時間も経ちました。ここいらで、何か質問があったらお受けいたしましょうか?

