2010年度 山村教室開講式 島田荘司先生×森村誠一先生ご対談 4

森村先生 私が『占星術殺人事件』を読んだ頃は、今で言えば宮部みゆきとか、伊坂幸太郎のようなポジションにいましたね。上り坂で、何を書いても売れるという時期。慢心していたとも思えますね。そういう時に『占星術殺人事件』を突きつけられて、「これが本格ミステリーだ」と思い、一週間くらい書けなくなりましたよ。いや本当に。これだけ緻密に凝っていて、論理的で、最後に鮮やかな展開で解決がある。『占星術殺人事件』を読む前は、書き流していましたね。

今の島田さんの話では、江戸川乱歩を踏襲したところがあるということでしたが、ぼくの読んだ感覚では全然違う。江戸川乱歩の場合は、短編が非常にいいのですね。『二銭銅貨』、『心理試験』、『押し絵と旅する男』、『屋根裏の散歩者』とか。けれども長編には論理的な解決がない作品が多い。

また、今書けば差別の問題になりそうなものも多い。それに較べて、島田さんの『占星術殺人事件』は、まさに人工の美学で、すべてに精密な計算がなされ、伏線がみんな効いているわけですね。そして最後に快刀乱麻を断つような解決があるというものです。それを読んで書けなくなって、その感激のまま、「小説現代」にコラムを書いたのですよ。

島田荘司の『占星術殺人事件』を入選させない江戸川乱歩賞なんて、設定する意味がない。この作品を見逃しておいて、何のための江戸川乱歩賞だ、というようなことを書いて、乱歩賞の選考委員が非常に怒ったという経緯がありますね(苦笑)。 そして私は、『占星術殺人事件』のおかげで立ち直れたのですね。これは怖いと。ミステリーにこういう作品を書く人が出てきたのだから、自らをもう一度見直さなくてはいけないな、と自戒したのです。

島田さんの作品は、そのあとずっと、『斜め屋敷の犯罪』、『火刑都市』、『分数シリーズ』など出てきて、ずっと読みました。そして、社会派の作品も書いていきますね。ぼくも高木彬光が好きですし、横溝正史も好きで、松本清張も読んでいましたが、そういう中で、島田荘司という人の作品を読み漁りました。先ほど島田さんが、デビューした時に社会の非難を浴びたというようなことを聞きましたが、もしそうだとしたら、本格ミステリーの読み手がいなかったのではないかな、と思いました。

みなさんも、『占星術殺人事件』、『斜め屋敷の犯罪』、『北の夕鶴2/3の殺人』などは、非常に大仕掛けなトリックが使われていて、圧倒された覚えがありますので、島田荘司先生の、今申し上げたような作品群は、必ず基礎体力として読んでいただきたいと思います。

そして、次の質問です。島田さんの履歴を読んでも、紆余曲折、起伏の多い人生であると思いますが、教室生に対して、作家として志すのであれば、あるいは新人賞の関門を突破したいのであれば、これだけはやれ、怠けるなということがあったら、ご教示下さい。

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