2010年度 山村教室開講式 島田荘司先生×森村誠一先生ご対談 8

島田先生 すごくありがたいお言葉をいただいてしまいました。ここにいるみなさんは、大変幸せだと思いますよ。これだけ有名になった作家が、みなさんの面倒を見てくださり、これだけの熱意を持って指導してくださる。ちょっとないですね。私もできません。森村先生は最近、ガンで亡くなる女性の歌人のことを取り上げて、本にしてらっしゃいました。あの作品も非常に感銘いたしました。一種の使命感なのですね。みなさんも、それに対して、お応えしたいという気持ちがあると思います。

ご質問にお答えしますが、これは説明が可能だと思います。先ほど申し上げましたことですが、アイデアのメモです。アイデア・ストックのメモがあるから、水準維持がなんとか可能なんです。

メモにはたくさんの種類があります。動機に関するもの、ストーリーに関するものもありますが、一番重要に考えてきたのがトリックです。先ほど森村先生がおっしゃったように、自然主義的手法を採っても、根本は人工主義です。わたしの言葉で言うと、「本格ミステリーとは、驚きを演出する装置である」と捉えております。これを達成するためには、おうおうにしてトリックが有効であるということです。そういう順番なのです。トリックが先ではありません。この勘違いもよくあります。

この驚きは感動と言ってもいいです。感動を含む驚きを現出させようとする時に、それを支えるさまざまなアイデアが空から降ってくるわけですね。楽に思いつく場合もあるし、頑張ってひねり出す場合もある。あるいは、たいしたことないなと思っていたアイデアを、半年一年経ってのち、組み合わせてひとつのものにする場合もあります。このように、アイデアのメモを活用して、骨の方から、驚きを演出する装置だと作を捉える俯瞰的な理解によって、新鮮な驚きを維持するということです。

ひとつの大きなアイデアで、作品全体を支えられればそれは理想です。私の場合で言うと、『占星術殺人事件』や『斜め屋敷の犯罪』のようなアイデアですね、こういうものが次々と浮かんでくれれば、それは楽でしょうね。あの骨さえ得られていれば、誰が書いてもあの程度の達成はできたと思います。でもそれでは、表現力や文章力は身に付かないかもしれませんけれども。

でもそれは、すぐにできなくなります。だから『ネジ式ザセツキー』のような、すごく複雑なことを考えざるを得なくなってきます。ですが、読み手を驚かせるという動機は同じなのです。この部分を維持するため、アイデアのストック・メモをたくさん作っておくということです。これを活用し、適切なものを上手にピックし、組み合わせたり、裏返したり、あるいは失敗させたりしながら、驚きを維持していく。ひとつにはそういうことです。

もうひとつは、ミステリーの流れを俯瞰的に、歴史的に捉えていくと、自分の創作に応用できることがあります。ミステリーには長い、もがくような歴史があり、変遷と成長を続けてきているのですね。そして、自分の中でもやはり変遷と成長がある。犯人がうまい隠蔽方法を思いついて逃れた、というような基本的なかたちから始まって、ミステリーを現出するメカニズムとして、脳科学が有効ではあるまいか、というようなことまでが探り当てられてくるわけです。では自然科学はどうだろうか、というふうに。これが歴史ですね。

しかし普通こういうものは、馴染まないと判断され、多くの人は考えることをせずに棄ててしまいます。でもそこを、馴染まないと常識的に考えず、喰いつくのですね。そうして、その領域の知識を深めていくのです。そうすると、必ず道は拓けます。これは断言します。私は今までそうでした。どのジャンルからでも、本格のミステリーにいたる道は必ず見つかるのです。

←前へ|8|次へ→
1234567891011