2010年度 山村教室開講式 島田荘司先生×森村誠一先生ご対談 5

島田先生 バレリーナの世界にこういう言葉があります。「練習を、一日休めば自分に解る、二日休めば仲間に解る、三日休めば観客に解る」というものです。

あるいはタクシーという自動車は、四万キロ以上走りますね。普通の自動車はそこまで走りません。タクシーが何故走れるかと言えば、エンジンを冷やさないからですね。ひとつの車が、昼番と夜番二人の運転手が交代で使っていたりもする。ガソリンがなくなれば足す。エンジン・オイルが減れば足して、ひたすら走り続けますね。

砂漠の原理というものがあります。砂の海が何故できるかと言えば、岩が砕けていくからです。何故砕けるかと言えば、昼の熱さと、夜の寒さとの差が激しいから、膨張率の差が岩を砕くわけです。エンジンにも同じことが起こります。冷やし、熱しを繰り返すと、ブロックも部品も、劣化が早まります。

どうしても作家への壁を突破したいという人には、こういうことを申し上げたい。「毎日書く」、ということです。一行でもいいのです、毎日書くことです。「休む日を作らない」ということです。

最近こういうふうに、人前でお話する機会も増えました。それで空く日もできましたが、かつて私は、文章書きを休みませんでした。何年間もです。どうしても書けない日は出ますよね、そういう日は、書いたものに赤を入れる作業をしていたり、ゲラに朱を入れている日です。電車に乗っている時は、プリントアウトした文章を読んでいました。ご飯を食べている時は、NHKスベシャルのヴィデオを観ていたりね。無駄な時間は一分もありませんでした。ワーカホリックのごときありようだったけれど、そういう生活が楽しかったのです。努力しているなんて、ちっとも思わなかった。

何故こんなことを言うかといえば、新人の筆力がプロのものに届くには、大変な時間がかかるからなんです。それだけの努力の時間を通過しても、まだ危ないというほどのものです。朝昼晩、寝て食べてという以外の時間をひたすら書きまくって、これならこの文章はプロかな、と自分で思える水準に達するまで、私は一年かかりました。

ところが、それも自惚れでした。その後三年、四年、五年経って読み返すと、やはり直すところが多々出ます。ようやく完全安定するまでに、十年という時間がかかりました。それほどのものなのに、向上の時期に休んでいては駄目です。

「いい文章とは何か」という問題にも関わりますが、文章は、直して直して直し抜いて、これ以上動かなくなる地点というものが必ずあるわけです。そこまで追い込むということです。その時に自分がやっていることは何かと言うと、よく流れる文章にするということ。そういうことを目標にしながら、直しているように思います。ほんの最近になって、やっと文庫化の時に直す箇所があまりないな、というところまで来ました。そこまでいくのに、最低でも十年かかった。

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