2010年度 山村教室開講式 島田荘司先生×森村誠一先生ご対談 9

森村先生 島田先生、今のところをもう一度、お願いします。道が拓けるっていうところまでを。

島田先生
はい。ミステリーというのは、驚きを演出する人工的な装置です。そして、この驚きを維持していくという発想が最も大事なことです。そのための手段を、各方面に探していくのですね。

その手段は、犯人がおり、上手なアイデアを思いついて犯行を隠蔽する、というだけではやがてもたなくなっていきます。この驚きを現出する手段としてのメカニズムを、自然科学や医学の領域、あるいは宇宙工学もそうかもしれない、建築学もそうですね、それぞれの専門領域に探して分け入ります。するとこの中に、必ず存在しているのです。驚きを維持していくメカニズムが。

例えば幽霊現象なら幽霊現象。犯罪を隠蔽するという探偵小説の方向においてさえ、生物学のジャンル――今、ここはすでにクローンとかキメラの時代になってきていますよね――その中に、隠蔽に応用できる方法論があるのです。

一見、馴染まないですね、ジャンルがまったく違いますから。馴染まないという判断は、最初に述べたように、ミステリーとは謎の小説ではなく、殺人の小説だと単純に理解しているからです。だから馴染まないと考え、みんな捨ててしまいます。

しかし、粘着質的にそこに喰いつくのですね。そうして建築学や、自然科学や、医学や、脳科学――だってミステリーというものは、あるいはこれがミステリーだと感じる判断は、脳がやっているのですからね。ミステリーとは「脳の文学」なのです。これもキーワードです。だからそういう領域を深く勉強していきます。勉強し抜いていくと、その中に必ず、本格ミステリーに応用できるメソッド、あるいはエレメントが見つかるのです。私は見つけられました。

もちろん、失敗することもありますよ。しかし、脳科学全体を見渡した時、ミステリーが作り出せる要素は必ずあります。専門的になるので作がむずかしくなる危険はありますけれど。驚きを演出する装置であるという強い信念、確信を持てば、その部分で迷いはないですね。だからエネルギーは探索に集中する。ミステリーを支える材料を、いろんなジャンルに探していくのです。

このようなアンテナの立て方をしていけば、必ずクオリティを維持できると信じます。まあ、ある程度維持できたのではないかなと思っていますが、これからも、もちろん挑戦していきます。

森村先生 穴井さん、この部分は必ず「小説宝石」に掲載してくださいね(笑)。

穴井副編集長 はい、承りました。

森村先生 島田先生の今のお話は、重要な示唆に富んでいて、作家志望者として非常に栄養をもらったと思います。くれぐれも今の言葉をメモしておいて、朝な夕なにキーワードのように見てください。要するに、ミステリーというものは脳の文芸であり、脳の科学である。ということは、百科事典を見てもわかるように、人間の文化というものがこの世に生まれて五千年と言われていますが、その堆積の中から、すべてのことがミステリーに応用できる、というか、ミステリーの材料になるのです。今の言葉をよく噛み締めて、自分の基礎体力にしてもらいたいと思います。

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