9条、平和ブランドを捨て去る理由はない
2007.5.3 朝日新聞社説より
日本社会がつくりあげた資産
(前略)
9条を今日の視点でみると、大きく言えば四つの歴史的意義がある。
第一に、日本が再び戦争に直接かかわるのを防いだことだ。むろん、日本を巻き込むような大戦争が起きなかった幸運があってのことだが、自衛隊が韓国軍のようにベトナム戦争へ派遣されることもなかったし、防衛費の規模も抑え気味にできた。60年の間、この原則が貫かれたことで「戦争には加わらない国」「軍事力で何かを押しつけることはしない国」という、ユニークな平和ブランドを国際的に築くこともできた。
第二に、9条のおかげで戦後社会から軍国主義がすみやかに姿を消したことだ。戦前のような軍事優先の価値観ははっきりと否定された。徴兵制もなければ、秘密の軍事裁判もなくなった。それは戦後社会における批判の自由の支えにもなった。「軍事」が幅をきかせた戦前・戦中の日本では、法案を審議中の国会で、説明員の軍幹部が議員を「黙れ」と一喝したり、軍を批判した議員が除名されたりしたことがあった。9条は「戦後日本の安全弁」である、と憲法学者の樋口陽一さんは言う。
第三に、侵略戦争と植民地支配という負の歴史への、反省のメッセージとして9条は国際社会に受け止められた。あの過ちを繰り返さないという、国民のしんし真摯な思いが読み取れたからこそ、戦後の日本と日本人への信頼を取り戻すことができた。まだ過去の傷の癒えない人々が近隣諸国にいる。戦争や植民地を経験しなかった世代にも、記憶や歴史は引き継がれていく。9条でメッセージを発し続ける意味は今も失われない。
第四に、国民に「非軍事」の持つ潜在力を考えさせる視点を提供した。
20世紀までの国際社会では、軍事力の持つパワーは圧倒的だった。しかし21世紀に入るあたりから、そのパワーにはっきりと陰りが見え始めた。9・11同時テロを思い起こしてほしい。カッターナイフだけを持った少数の実行犯がジェット機を乗っ取り、あれほどの大事件を引き起こした。国と国との争いに重点を置いた、伝統的な軍事力の考え方では対応できない事態だ。いま、米国の強大な軍事力をもってしてもイラクを治められない現実が、なによりもその限界を象徴している。テロや大量破壊兵器の拡散、感染症、地球環境問題などのように、軍事力では手に負えない課題が増えている。
では、どうすればいいのか。軍事力の出番がなくなったわけでは決してないが、それだけでは解決できない。結局は、多様な外交手段を使い、対話や国際協議、多国間の約束などの枠組みの中で、ねばり強く解決を探っていくしかないのだ。
9条が前文とともに打ち出した平和主義の理念は、21世紀の今日を見通したような底力を持つ。私たちが提言した「地球貢献国家」も、そうした考え方に基づく。武力では対応できない脅威にどう立ち向かうか。そこで汗をかくことこそ憲法の理念を生かすことであり、21世紀の日本が果たすべき役割なのではないか。
社説15と社説16で国連の平和活動、「人間の安全保障」への積極的な参加を提言した。国連PKOにおいて、実力部隊として自衛隊が担う役割は小さくはない。だが、日本の主眼はあくまで非軍事の活動に置き、NGOや民間を含めた幅広いものにしていく。なぜなら、そこに時代の要請があると考えるからだ。
軍事力の効用に限界が見えた世界で「国際公益の世話役」となり、地球と人間の現在、未来に貢献していく。そうした日本になるために、9条の理念は新しい力を与えてくれるに違いない。捨て去る理由はまったく見あたらない。
変えることのマイナスが大き過ぎる
(前略)
自衛隊が普通の軍隊と違うのは、集団的自衛隊を行使せず、海外で武力行使しないといった原則を持つからだ。あの戦争への反省に立って打ち出した「不戦の誓い」を具体的に支えるものなのに、それを撤廃すれば、戦後日本の基本軸があいまいになる。周辺国の不安を招き、地域の緊張要因になる恐れがある。
さらに、社説14で述べたように、9条は強大な同盟国・米国からの過大な要請をかわす盾の役割を果たしてきた。それがなくなった時、米国の政策に際限なく振り回される恐れはないか。歯止めや盾の役割は、政治が果たす。民主的に選ばれた国会、内閣がそのときどきの民意に基づいて判断していけばいい、という考え方もある。
理屈はその通りかもしれない。だが、「外圧」という言葉に象徴される戦後の対米関係を考えた時、政治が本当にその役割を果たせるのか、心もとない。
イラク派遣の時のことを思い出してほしい。小泉前首相が米国の判断を支持し、自衛隊を送ることまで決断した際、理由の一つとして強調したのが日米同盟だった。つまりは、米国の求めはむげにはできぬということだ。陸上自衛隊が無事に戻った時、前首相は胸を張った。戦闘に巻き込まれず、犠牲者も出さなかったと。そのことは良かった。だが、それは9条の原則と何とかつじつまを合わせようと、比較的安全な場所を選び、危険の少ない任務に専念した結果でもあった。
9条に照らして疑問のある派遣だったが、実は9条に救われていたのだ。それがなければ、開戦の当初から米軍と戦闘正面に立ち、多くの犠牲者を出した英国のようになっていたかもしれない。
日米同盟の安全装置としての9条のメリットは捨てがたい価値がある。
そもそも、この60年をかけて培ってきた日本の「平和ブランド」を手放す損失は大きすぎる。日本ほどの経済力を持ちながら、軍事に厳しく一線を画す。このユニークさは国際社会にも知られ、重要なソフトパワーになっている。それを生かしてこそ、「国際公益の世話役」として日本への信頼を築くことができる。
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